内藤典彦の マル秘 History

 
1967年3月  0歳 1967年(昭和42)3月3日、新潟県巻町(当時)生まれ。
先祖は徳川家康の家臣、大名家の内藤家と聞いている。
本当かどうか現在調べているところ。

1970年    3歳 かつてジャズピアニストを目指していた父の影響からか
ピアノを習い始める。また映画好きの父の影響で
多数の映画作品を何気に鑑賞する3歳児。

チャップリン・ヒッチコック・007のショーン・コネリーの
作品を夢中で見ている。ロバート・ワイズ監督の
「THE SOUND OF MUSIC」が大のお気に入り
だったそうだ。またチャップリンの「独裁者」を見て、
独裁者を演じるチャップリンが風船で出来た世界地球儀を
巧みに蹴り上げる芝居を見て「大きくなったら、
このおじちゃんに成りたい」と、つぶやいたらしい!

1971年    4歳 幼稚園入園

1973年    6歳 小学校入学

1975年    8歳 長嶋茂雄と王貞治に憧れ草野球に夢中になる。
またアイドルグループ、フォーリーブスが好きで
歌謡界に興味を持つ。

1976年    9歳 この頃は映画のほかテレビドラマを夢中で見ていた。



好きで見ていたテレビドラマ(代表作) 出演者
Gメン75 丹波哲郎
太陽にほえろ 石原裕次郎
華麗なる刑事 草刈正雄
俺たちの旅 中村雅俊
ゆうひヶ丘の総理大臣 中村雅俊
俺たちの朝 勝野洋
俺たちは天使だ 沖雅也
探偵物語 松田優作
傷だらけの天使 萩原健一
水もれ甲介 石立鉄男
奥様は18才 岡崎友紀
ありがとう 水前寺清子
北の国から 田中邦衛
刑事くん 桜木健一
黄金の日々 市川染五郎
(現・松本幸四郎)



などなど上げたらきりがないくらい
ドラマ好きな少年だった!








   
1979年   12歳 調布市立神代中学校に入学。合唱部に所属する。
レコード会社のレコーディングスタジオに行っては
歌を吹き込んでいた。
教育用音楽アルバムをリリースしている。
   
1980年   13歳 テレビドラマNTV「池中玄太80キロ」と
NHK「おんな太閤記」の西田敏行さんを見て
役者に興味を持つ。
   
1981年   14歳 TBS「全国こども音楽コンクール」全国大会最優秀賞受賞
NHK「全国学校音楽コンクール」全国大会優秀賞受賞
この頃の自分は歌手かオーケストラの指揮者、または
音楽に携わる仕事に就きたいと考えていた。
   
1982年   15歳 中学卒業と同時に同級生のある女の子の勧めで
ある大手音楽事務所にデモテープを送る。
数ヵ月後、事務所スタッフから会いたいとの返答があり
面接に行くが、この事務所に所属することをやめる。
   
1982年  15歳夏 新聞広告欄に劇団養成所研究生の募集記事が
目に飛び込んでくる。何かピンと来るものがあり
履歴書を送りオーディションを受ける。
後日、合格通知が届き劇団に入りたいと初めて
自分の気持ちを両親に伝えるが父親から猛烈に
大反対される!
「劇団に入りたいなら勝手にしろ!但し今後の
経済的援助は一切しない」と言われ、本当に
経済的援助を打ち切られる。この日以来、
自分で学費・生活費を稼ぎながら高校に通い
役者修行の日々に入る。
   
1983年   16歳 平日は学校と夜遅くまで続くバイトの毎日。その合間に
エキストラに行っては幾らかのギャラを貰って生活費に
あてる。この頃、たまたま受けたオーディションで運良く
合格!晴れてテレビドラマデビューとなる。

・NHK大河ドラマ「徳川家康」で俳優デビュー。

その後も数多くのオーディションを受けるが片っ端から
不合格になる。反省と苦悩の日々・・・。
   
1984年   17歳 もがき苦しみ必死に芝居の訓練と役者としての
自分自身の研究に没頭する。やがて受けるオーディション
全て面白いように片っ端から合格してゆく。
ここでひとつ、私の笑える秘密を教えます!!
   


マル秘エピソード!



笑い話だが巷で知る人は知っている
私の秘密!(笑)


TBSで放送された人気ドラマ「スクールウォーズ」のイソップという登場人物がいるが、
実は何を隠そう、私は第2のイソップであった。

イソップ役オーディションで最終審査に残った役者は2人だった。
そのうちの1人が私である。

プロデューサーとの度重なる面接。難航する審査。
悩みに悩んだ挙句、プロデューサーから最後の質問。
それは・・・

「内藤くんスネ毛濃くないよね?」

その質問に「濃くないです」と返答すれば合格だなと自分でも分かっていた。
しかし自分では濃いかなぁ〜!と、思っていて、
嘘はつきたくない。常に正直に行動していこうと思っていた私は
「いえ、濃いです」と答えた。

するとプロデューサーは「えっ!内藤くん濃いの・・・」と落胆していた。
思ったとおり私は不合格になったが
合格したイソップ役の高野くんも劇団の仲間だったのでその後も応援していた。

ある日「スクールウォーズ」のオンエアを見ていて高野くんの足を見たら


私よりもスネ毛が濃かった・・・(笑)



   
1984年   17歳 ・映画「パンツの穴2 花柄畑でインプット」(小平裕監督・東映)
 でスクリーンデビュー。

・TBS「毎度おさわがせします」出演。

萩本欽一氏のテレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!」
見栄晴の友人役オーディションにて最終選考に残る。
その時、渡辺プロダクションのマネージャーとたまたま
出会うことになる。その後、学校帰りに渡辺プロダクション
本社へ遊びに行くことが日課となる。









役者を目指す若い人たちの参考に!
私が若かりし頃に受けたオーディション結果記録





オーディション内容 審査結果
大手音楽事務所 合格
東京宝映テレビ養成所 合格
劇団いろは養成所 合格
NHK大河ドラマ「徳川家康」 合格
ビクターレコード 不合格
CBSソニーレコード 不合格
劇団七曜日 2次審査
大手音楽事務所 3次審査
その他のオーディション 全て不合格
TBS「スクールウォーズ」 最終選考
テレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの」 最終選考
東映映画「パンツの穴2」 合格
TBS「毎度おさわがせします」 合格
その他のオーディション 全て合格
渡辺プロダクション 合格
その他、受けた芸能プロダクション 全て合格
CX「スケバン刑事2 少女鉄仮面伝説」 合格
CX「キスより簡単」 合格
NHK朝の連続ドラマ「君の名は」 2次審査
映画「某作品」主演オーディション 合格

何の参考になるか分からないが、
私が当時、初めて受けたドラマのオーディションで
担当プロデューサーがこんなことを言ってました。
その人はNHKのドラマプロデューサーですが・・・

「このオーディションでもし不合格になったとしてもチャンスは幾らでもある。
今回の作品ではたまたま必要としてる役者の個性とは違っていただけ!
だから諦めずに頑張ってください。
また今作品で合格になった人。
今回はたまたま合格しただけ。
勘違いをせず台本をよく読んで精進してください」
と・・・

オーディションを受けに来た若い俳優たちにメッセージを送っていた。
私は運良く合格したのだが
今でもこの言葉が私の心に残っている。




   
1985年〜86年
    18歳〜19歳
・MBS「嫁の力こぶ」レギュラー出演。
・TBS「愛の風、吹く」レギュラー出演。
・TBS「避暑地のC」出演。
・T X「おはよう!スタジオ」出演。
・NTV「クイズどっちDOTCH」出演。
・TBS「毎度おさわがせしますU」出演。
・C X「スケバン刑事2 少女鉄仮面伝説」レギュラー出演。
・R F「今夜もウエルカム」ラジオ出演。
・TBS「毎度おさわがせします2」出演。
   
1987年   20歳 マネジメント窓口を渡辺プロダクションに移籍。

・C X「キスより簡単」レギュラー出演。
   
1988年   21歳 ・C X「ワイルドで行こう!」ゲスト主演。

俳優としての自分に疑問を感じ、一時マスコミ活動を中止する。
先輩女優・范文雀氏の付き人となり裏方を経験する。
   
1990年   23歳 ・TBS「HOTEL」ゲスト主演。
・E X「さすらい刑事 旅情編3」出演。
・映画「夏の虫たち」出演。
   
1991年   24歳 ・C X「人を見たら泥棒と思え!」出演。
・C X「愛・命ある限り」準レギュラー出演。
・舞台「幻影の森」出演。

内藤プロダクション設立 執筆活動を始める。
各プロデューサーの下で台本の直しや企画書、プロット製作など
ドラマ企画の執筆の勉強を積む。
   
1992年   25歳 ・T X「ZUKEチャンネル」出演。

・C X「世にも奇妙な物語」脚本ブレーン参加。
   
1993年〜96年
    26歳〜29歳
・CCTV「日中合作ドラマ 日本語講座」レギュラー出演。

ここでもう一度マスコミの仕事を中止して、
岸田今日子らと共に演劇集団・円を旗揚げした
俳優・渥美國泰氏に師事。
新劇を学び数年間舞台の仕事に没頭する。
その間に作家として数本のシナリオを発表。

またイベンターとも契約。ディナーショーの司会など
年間100本以上のステージ出演の日々。

成美堂出版などで執筆や表紙演出など手掛ける。

・映画「晴れの舞台」主演。
・舞台「クリスマス・ディナーショー」総合司会。
・舞台「かんしゃく玉」主演。
・舞台「アリスの穴に落ちた男」出演。
・舞台「同士の人々」出演。
・舞台「紙風船」主演。
・舞台「赦せない行為」主演。など舞台出演作多数。










1997年   30歳 渡辺プロダクションから所属事務所を
エムアール・クリエイティブに移籍。

・明石家さんま主演 NTV「恋のバカンス」レギュラー出演。
 バーテンダー役でマスコミに復帰。
   
1998年〜2000年
    31歳〜33歳
・THK「いのちの器」出演。
・TBS「ケイゾク」出演。
・E X「月下の棋士」出演。
・NTV「Shin−D OLポリス」出演。

・藤沢ケーブル「GOGOサタデー」構成作家。
・E X「ハッピィサルベージ」脚本ブレーン。

トップロード・ワークショップ旗揚げ。
   
2001年〜05年 ・舞台「ミストレス」出演。
・「GO−JAP」学園祭LIVE 出演。
・「クリスマス・チャペルコンサート」出演。
・映画「HITSUZEN」出演。
・NTV「レッツ・ゴー!永田町」出演。
・NTV「臨床心理士6」出演。
・映画「JAZZYなワタシ。」出演。
・NTV「溺れる人」出演。
・舞台「paper planes」出演。

デジタルメディア・トップロード旗揚げ。
パフォーマンスユニット”GO-JAP”のメンバーとなる。
 (是永克也、芋洗坂係長、内藤典彦)
舞台「紙風船」脚色/演出。
映画「HITSUZEN」脚本/監督/出演。
映画「JAZZYなワタシ。」脚本/監督/出演。
「TopRoad映像祭り 2005」総合演出/出演。
「内藤典彦 -TopRoad-」公式ホームページ開設。
   
2006年〜09年    ・WEB「内藤典彦のTALKING BAR ないのり」レギュラー出演。
・映画「舞妓Haaaan!!!」(東宝)出演。
 (監督/水田伸生、脚本/宮藤官九郎)
・映画「252 -生存者あり-」(ワーナー・ブラザース)出演。
 (監督/水田伸生) 日本テレビ開局55周年記念作品
・E X「特命係長 只野仁 シーズン4」第34話 ゲスト出演。
・「野村證券」(プロモ)ボイスオーバー。
 (モハメド・エライアン 吹き替え)
・映画「2by
2」(BSP)出演。

CM「DINING BAR SIXEME」監督・構成。
ブロードバンドTV放送局「naito.TV」設立・開局。
WEB番組「トーク番組”ないのり”」構成・プロデュース。
ネットショップ「naito.TV-Shop」店舗OPEN。
WEB番組「Cocktail」プロデュース・演出。
映画「TABOO」(製作/BSP)監修。
映画「2by2」(製作/BSP)制作協力。
「デジタルメディア・トップロード」公式ウェブページ開設。
   
2010年〜13年 ・C X「山村美紗サスペンス 小京都連続殺人事件」出演。
・NTV「トッカン 特別国税徴収官」レギュラー出演。
・C X「ハニー・トラップ」ゲスト出演。
・映画「明日の絆」(監督:加納真)出演。
・映画「ふるさとがえり」(ネイキッド/監督:林弘樹)出演。
・映画「笑遺伝子」(CP/監督:小関恭司)出演。

〜〜先輩、仲間の監督作品への製作協力〜〜。
映画「とにかく大変です どこか変な人たちです!?」監督補。
 (監督:五木田亮一)
映画「笑遺伝子」ラインプロデューサー。
   
2014年〜 ・映画「笑遺伝子」(CP/監督:小関恭司)出演。
・E X「警部補・碓氷弘一〜殺しのエチュード〜』出演。
・M X「妖ばなし」出演。 
・M X「妖ばなし=河童=」声優(河童)。

MX「武蔵忍法伝 忍者烈風」監督・アドバイザー。
映画「龍帝」PV 撮影監督。
「Super Choir Concert 2016」MV撮影監督。
M X「あしたのSHOW」企画・アドバイザー。
朗読劇「紙風船」脚色/演出。